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第16回 ショパン・練習曲
Op.10 No.1のYouTube徹底的聴き比べ/第2弾!
ショパン・練習曲と云うと、私の中で外せないピアニストの一人にスイス生まれのフランスの名手アルフレッド・コルトー(1877年〜1962年)がいる。コルトーがSP時代に録音したOp.10
No.1を聴いていると、ボードレールやハイネの詩集を読んでいるような気がする。私の師匠の一人、アダム・ハラシェヴィッチ先生にイチ押しで奨められたのもコルトーだった。
ショパンにおけるコルトーのルバートは麻薬であり、ひとたび虜になったら生涯抜け出せない強烈な魅力がある。バラードやノクターンに聴かせる溶け落ちるような甘美なルバートはもはや人間業ではなく、世界ピアノ音楽史上コルトー唯ひとり成し得る奇跡と言ってもいいだろう。そのコルトーの弾くショパン・練習曲は、もはや練習曲ではない。真の芸術家が演奏すると練習曲は練習曲ではなくなるのである。ちなみに、コルトーのショパン・前奏曲Op.28のSP録音は、神がかり的な魅力であり、今後100年は聴き継がれて行く至高の芸術である事を付け加えておく。
フランス系の名演と云えば、名女流の一人ジャンヌ=マリー・ダルレ(1905年〜1999年)の演奏も紹介しておかねばなるまい。イシドール・フィリップやマルグリット・ロンの門下であり、フォーレやラヴェルにも薫陶を受けた名手でパリ音楽院教授として長年に亘って活躍した名手である。無駄のない緩急と打鍵コントロールを持ち、清廉な音楽を身上としていた。使用楽器銘柄は今では存在しない「ガヴォー」。プレイエルと並んで一時代を築いたフランスの銘器である。ガヴォーの音色を堪能出来る意味でも、ダルレの録音は貴重だ。
パリ音楽院でダルレと同じイシドール・フィリップ門下であるブラジルの名女流ギオマール・ノヴァエス(1895年〜1979年)の演奏も聴き逃せない。男性顔負けの強靭な腱を持ち、それでいて柔かく深い音色が特徴。ノヴァエスはショパンの作品をほとんど録音したが、ショパン練習曲集は女流版・古典的名録音と云ってもいいだろう。
ポーランドの“神童モーツァルト”と謳われたショパンの孫弟子ラウル・コチャルスキ(1885年〜1948年)の名演も押さえておくべきだろう。20世紀前半はミハウォフスキと並んでショパン演奏の世界的権威とされたピアニストで、ショパンの直系中の直系であるだけに遺された録音には無尽蔵の価値がある。特にショパンの解釈に関しては現在でもひとつの絶対基準であり、ショパンの研究者ならばコチャルスキの録音を避けて通る事は出来ないほどだ。それでいて演奏は躍動感に溢れた素晴らしいもので、この演奏が現代のホールに蘇ったら大センセーションを巻きおこす事だろう。(もちろんミーハー国日本ではなく、音楽の本場ヨーロッパでの話だが)
ヤコブ・ザーク門下の腕達者、リューボフ・チモフェーエワ(旧ソ連/1951年〜
)のOp.10 No.1は独特の印象を受ける。昨年来日した時に直接聴きに行ったが、非常に個性的な解釈と音楽作りをするピアニストなので好みは分かれるだろう。Op.10
No.1に関しては、チモフェーエワの個性がプラスに作用した例かも知れない。
ブルガリアのピアニスト、ユーリ・ブーコフ(1923年〜2006年)Op.10 No.1の端整な録音を遺している。パリ音楽院でイーヴ・ナットやマルグリット・ロンに師事したピアニストで、晩年はフランスに定住して活躍した。ショパンの録音に関しては何とも言えない味わいがあり、欧米では固定ファンの多いピアニストであったが、日本での知名度は極めて低い。演奏スタイルは愚直なまでに誠実で決して大見得を切るタイプではなかったが、作為的ではない直球勝負の中にブーコフならではの練達の技が光り、私の好きなタイプのピアニストの一人だ。
ヴェテランの域に入ったセシル・リカド(フィリピン/1961年〜 )のOp.10 No.1ライヴ映像は、長年弾き込んだ余裕とともに、伸びやかな風格を感じて心地よい。安定したフォームから流れるようなテンペラメントで演奏するリカドのショパンは実に爽やかだ。それでいてルドルフ・ゼルキン門下らしく音楽構成はきちんと整えられていて流石の感がある。
アンドレイ・ガブリーロフ(旧ソ連/1955年〜 )のOp.10 No.1は、青年時代のみずみずしい録音がある。チャイコフスキー国際コンクールを制覇した直後は有り余るテクニックで楽界を席巻し、いわゆる超絶技巧派タイプと目されていたものだが、Op.10
No.1を聴いてみると決してテクニック一辺倒ではなく、全体の流れを重視した長大なフレーズを意識したテンポを設定している事がわかる。天才的名人芸と言ってもよいだろう。
90年代から数年の活動休止期間を経て21世紀に楽界に復帰したガブリーロフは、ヴィルトゥオーゾスタイルから個性派スタイルに移行している感じがするが、どちらのガブリーロフも私は大好きだ。旧ソ連時代のアンドロポフ体制下では外国での演奏活動が制限されていただけに、この時期に西側へ登場していたら録音リリース数もかなり違っていたのではないだろうか。私は活動が制限されていたこの時期が、実はガブリーロフのピークだったのではないかと秘かに思っているのだ。
天才少年として一躍有名になり、20歳過ぎてもタダの人にならずに大家への道を着実に歩んでいるエフゲニー・キーシン(旧ソ連/1971年〜
)のOp.10 No.1のライヴ映像を聴く。丁寧に左手低声部を演奏しつつ、その上に和声の流れを見事に構築したした右手パッセージ演奏である。天空を駆け上がるような雄大な音楽構築はガブリーロフに勝るとも劣らない。
2回に亘って YouTube を頼りにショパン・練習曲Op.10 No.1 ハ長調を聴き比べてみた。それぞれ好みがあるだろうが、全員偉大な“表現者”である事に変わりは無い。そして演奏者にとって、これほどまでに異なるのがまた面白いから、聴き比べは止められない。YouTube
で見つからないだけで、他にも私がお奨めするOp.10 No.1の名演奏家も沢山居る。いずれ機会を見て何らかの形で紹介したいと考えている。
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